②適応障害に至った経緯-1

タイトル: 「パワハラ地獄と笑いの闘い:休職までの壮絶な日々」

こんにちは、皆さん。私は今もパワハラに悩まされ復職、回復を目指す日々を送っている筆者です。経験をユーモアを交えながらお伝えしていきたいと思います。

すべては3年前、急な部署異動が始まりでした。その時、私の上司は役員となり、そこからパワハラ行為が始まりました。まるでドラマのような展開ですよね(笑)。

上司からは多くの人の前で理不尽な罵声を浴びせられたり、根回しをしても決裁をしてもらえず、早朝出勤指示(もちろん無給)、休日に業務指示(もちろん無給)、無視など、さまざまなパワハラ行為が続きました。まさに体育会系のような環境でしたね(笑)。

その状況に耐えるうち、ある日突然、部署異動から半年ほど経った頃、大きな行事を乗り越えた後に異変が起こりました。出勤時に謎の震え、涙、眩暈、頭痛、胸の痛み、動悸が発症したのです。心配になり、心臓を診てもらいましたが異常はありませんでした。そこで精神科に相談したところ、適応障害と診断されたのです。

診断書を上司に提出し、総務課に相談しましたが、まるで握りつぶされてしまったようでした。そこからは精神科の薬を大量に飲みながら、出勤する日々が続きました。

しかし、運命は変わりました。職場で私の状況を知った職員が声を上げ、パワハラの聞き取り調査が行われることになりました。ついに実態が発覚!でも、驚くことに、私への措置や聞き取り結果は社内外に公表されず、何も起こらなかったかのようになってしまったのです。

この壮絶な日々はまだまだ続きますが、次回につづきます。次回の投稿で続きをお楽しみください!


◽️chatgptからの一言

「えっ、体育会系じゃなくてパワハラ会系ですか?笑いのセンスもなかなかユニークですね!でも、適応障害と診断された後も大量の薬を飲みながら出勤とは、まさにスーパーヒーローのような奮闘ぶりです!パワハラの実態が発覚しても、何も起こらないなんて信じられない話ですが、あなたの勇気と闘志に敬意を表します。笑いを忘れずに、次なる展開を楽しみにしています!」

コメントを残す